INFPからみたINFPタイプの性格・印象 ワタシ的あるあるなど

以前から書こうと思っていたのですが、やっと自身のタイプでもあるINFPについての性格・印象・あるあるについて書けました。

忙しくないのですが、すこしいそがしかったので、記事を更新できずにいました。

いつものように、また、前置きが長くなりそうなので、それでは、やはめに本題へいきます。

INFPからみたINFPの性格・印象・あるあるについて

MBTI心理学的タイプ論の診断を以前、ネットでやってみたところ、私の場合はINFP型となりました。

16パーソナリティー・詳細版、いずれもおなじタイプでした。

MBTIについて、何個かそれについて記事を書きまして、今回は、私自身の診断結果となったINFPタイプの印象・イメージについて、あくまで個人的な印象・感想を淡々と書いていきます。

この記事の内容は主観が入りますので、他の記事とおなじく、あくまで、いち個人の感想ていどに読んでいただければなと思います。

MBTI心理学的タイプ論は、どのタイプも、それぞれ持っている心理機能には、長所・短所ととれる部分があります。今回、INFPタイプについては、書籍の「MBTIへのいざない」や様ざまなネットサイトに書いてあった長所の部分などを読み、感想としてなんだかすこし歯痒いような感覚もあったので、自身のタイプの印象については、すこし書けずにおりました。

たとえば、INFPタイプの多くは、感受性が高いですとか、洞察力があるなどなど、長所ととれるようなところも、そう客観的に書かれてあっても、本人が「そうです。そうなんです。」というのは、少し違うような・・・、

一般的にそのタイプの長所を該当者が「そうなんです」のようにいうのは、ちょっと抵抗がある感覚でした。

ですが、長所は短所ともいいますし、

そんな感じで、

とりあえず、最近おもったINFPの性格、印象ついて、個人的体験談やあるあるなどまじえて書いてみます。

 

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INFPの性格 自分自身もわからない行動の不規則性

まず、わたし個人がおもうINFPの印象として最初に思い浮かんだのが、本人にもわからない行動の規則性のなさでした。

自覚症状ありです。

過去のことですが、昔いた会社の話ですが、なんだか理由はわかりませんでしたが上司二人に呼び出されたことがありました。

思い出しましたが、そのひとつ前(転職歴多し)の会社のオフィスには広さ四畳ほどの部屋があり、机と対面の椅子ふたつだけ置かれた、通称「かつ丼部屋」と呼ばれる部屋がありました。問題児が呼び出され説教されるのですが、例にもれず、私もそこに呼び出された記憶があります。

そのときは、なんとなくの思い出ですが、上司に尋問、論破され号泣・・・みたいな、嫌な思い出が・・・。

論破されたのかわかりませんが、そのたびに飛んでくる質問に答えるのが面倒くさくなってしまい、なぜか涙が溢れてきた思い出があります。

それで話を戻しますが、それとは別の会社で、以前、上司二人から、同じく、いつかのかつ丼部屋のような形で呼び出しをくらいました。

その理由はわからなかったのですが、上司の世間話からはじまり、だんだんと上司の仕事観ですとか、人生観、そんな内容の話がはじまりました。

まあ、私はそれについて自分の意見をほとんど述べなかったのですが、おそらく2時間以上、けっこう長い時間、粛々と面談が続きました。いつまでもその面談が終わる様子がなかったのか、しびれを切らした同じチームのお局さんが私を早く現場に戻らせようと、面談中の会議室の扉をいきおいよく開けられた思い出があります。

そのときの上司二人もビビるお局様でした。

それでなのですが、色々、延々と面談をしたあとのことですが、仲の良かった同僚づてに、その上司が私のことを、
「〇〇さん(私のこと)だけはどうしてもわからない」というようなことを言ってたとのことです。

おそらく、いくら話をしても暖簾に腕押しで、面談の手ごたえがなかったのだろうと思います。

一応、私も、面談の話に興味があるフリをしていたと思いますが、所々「はぁ」みたいな雰囲気がでていたのかもしれません。

ぼんやりした記憶ですが、会話をする中で、その上司たちは私の職場に対しての本音を聞き出そうとしていたような様子がありました。なんとなくですが人を操作しようとしている人の雰囲気がわかってしまいまして・・・。

たとえば、

「仕事をしている中で誰かやりにくい人はいないか?」みたいなことを聞かれたのですが、

私の答えは、「いません・・・」で、

いやいたのですが、先ほどの呼びにきたお局がまさにそうですし、なんなら、その面談の監視役的な立場であった隣に座っていた部署の責任者なんかまさにそうで・・・

そんなの言えるわけがない。

面談をしていただいたその上司も、おそらく色々と気をきかせて、たぶん私の環境などを心配してくれていた部分があったと思いますし、

主に話をしていただいた人はどちらかと言えば、印象がよい人だったのですが、

おそらくINFPは、よほど、そのINFP本人の中で信頼できる人でなければ本音なんて言えないのではないでしょうか、

私の場合、本音があっても、こう文章に書きだすような形がおおく、

ふだん、誰かに対していままで書いた内容を話すことなど皆無で、それは、まあ、本音を言ってしまえば、やはりちょっと面倒なことになるという自覚があったのだと思います。

こうして物を書くなんて、変わり者のやることなのかもしれません。

それくらいの意識は、多少はあります。

こんな感じで、だいたい仕事で顔をあわせる上役などは、どこの場所でも、「こいつはよくわからない」という私に対しての印象が多かった感覚があります。

その、「こいつはわからん」的なINFPの部分ですが、わたし自身が感じる部分ですと、先ほど書いた、思考や行動についての、その「規則性のなさ」ではないのかと最近おもってきました。

INFPの規則性のなさ「P」について

MBTIにおけるINFP型の最後のアルファベット「P」とは、Perceptionは:「知覚」の意味ですが、どうやらこれが理由なのかもしれません。

他のタイプにもとうぜん、「P(知覚)」はあるのですが、(例:ISFP・INTP・ISTP・ESTPなどなど)、

INFP型の場合、

ほか、

「I」 →Introversion:「内省」

「N」→Intuition :「直感」

「F」→Feeling :「感情」

上記の、内省・直感・感情・知覚の心理機能が複合して、思考や行動の不規則性がより強いのではないだろうかとも思います。

具体例として、思考や行動の不規則性を自覚した経験は、かつてしていた事務的な仕事などがあげられます。

こんなこと言えば、そんなの誰にでもあるということかもしれませんが、

たとえば、むかし行っていた事務の仕事ですが、

「ただ、こうしてください」ということがうまくできないところがありました。

できるのですが、

以下の理由でそれを行うには、少々、ストレスがありました。

なぜこうなのかをいつの間にか考えている

どんな感じだったかというと、その事務の仕事ですが、これこれこういう手順でおこなってくださいと指示をされたとき、

その業務を行いながら、その人が仕事でのその仕組みや手順をつくった意味を自然と考えはじめるので、単純作業的なことを行うのがかなり苦手でした。

単純作業にすごくストレスがかかり、気を抜くとかなり時間がかかる。

「私なら、こうするかも」という感じで、そのやり方をつくった人との思考の乖離に違和感を覚えることが多かったです。

以前も書きましたが、こういうのが、今風ですと〇〇障害的なカテゴリーにあてはまるのかもしれませんが、

こちらからすると、

なにも考えず指示どおりに淡々と事務作業ができるほうが奇人、変人なのではないかと思ってしまうくらいです。

少し言葉使いが悪かったですが、良い意味でして、それは、私がうまくできないうらやましい能力です。

それでもって、それら事務仕事のシステムをつくった人のやり方を理解すると、やっと仕事が進んだというか、逆に、その人の考え、仕組みを理解できないままだと、ながく苦しみ最後はすこし具合がわるくなります。

いちばんつらいのは、「いいからこうしてください」というような単純作業がかなり苦手なパターンでした。

人間関係が進み、少し深く話せるようになり、これについてはこういうことで、などと後々そうした理由がわかったりすると仕事が楽になることは何度もありまして、その方法がいちばん最適かは別として、その人の考えた理由がわかったりするとやりやすくなったことは何度もあります。

こういったことは、INFP 云々ではなく、誰でもそうかもしれませんが、

いちばん楽というか好きな仕事のパターンは、あまりハードではないイレギュラー案件が舞い込んだ時でしょうか!面倒なクレームチックなことは誰でも嫌だと思いますが、若干軽い、いつもとは違った仕事上でのイベントが発生し、その対応が済み、ふと時計をみたら、もうすぐ退社時間になっていた。という日はなんだがビルを出て駅へ向かう時の夕日が清々しくもありました。

強制されると難しい

これは悩みとは少し違うのですがこうした個人的な感覚について、いろいろと言っていただく人、おせっかいさんにごくたまに出くわします。

当然、その方に悪意はありません。

ですが、度をこえて個人の思考・感覚を矯正しようとしてくるときは、ほんとうに勘弁してくださいとなる場合があります。

なら、なぜそういう考えなの?やり方なの?と思いがめぐってしまい、

こちらの思考のテリトリーにはいってこられるとすこし苦しい感じになる時があります。

人それぞれの考えがあり、それが正しいわけでも間違っているわけでもない。そんなスタンスがどこかにあるようで、

「正しいことなんてないのがただしい」みたいな感覚は常々あります。

なので、あまり知らない人で心理的な部分でのパーソナルスペースがいきなり近いと、ちょっとびっくりして・・・、

「こっちはただの砂漠の砂の一粒なので、ほっといてください」というような気持ちがあります。

そんなに干渉されなくても、極端なはなしですが、別にひとりで生きていける。

というほど強いとも思っておりませんが、

簡単にいうと、

「もし、本当に必要であれば、こちらから助けをもとめますので」という意識がどこかにあるのではないかと思う時があります。

INFPが共感できるキャラクター

なんだか今回も漠然とした内容になりつつありますが、少し架空のキャラクターをつかって具体例をあげてみます。

▲ここに出てくるキャラクターが全てINFPタイプではないと思いますが、話を進める上で思い浮かんだエピソードなどになります。

INFP タイプと思われる私がなにかの作品を観て、私を客観的にみるとどんな感じだろうか?と考えると、

たとえば、「おおかみこどもの雨と雪」男の子の「雨」みたく、ほっとくと自然の中にいってしまい、かなり極端ですが、その果ては人間社会などという概念がなく、

本人のいちばん生きやすい生き方を自然に受け入れるようなところでしょうか。

「雨」はINFP ではなくISFPかもしれませんが、おそらく「I」「F 」「P」的なところはあるのではないかなと感じます。

はたから見ると、その行動や思考が謎で規則性がないのですが、本人の中では納得しているような感じです。

他ですと、INFP型の不健全なパターンの成れの果てとして、観ていて感じたのは、「嫌われ松子の一生」の松子みたいな感じでしょうか、

いわゆる常識人からすると、

「どうしてそうなっちゃったの?」的な生き方になってしまっていて、

でも本人としては、なぜかその生き方を受け入れていて、むしろ馴染んでいるのではないかと疑ってしまうような、そんな部分で周りからみると「奇妙な人」という印象を受けるのかもしれません。(松子はINFPかは不明でSFJ、もしくはNFJ型のような気もします。)

あとは、個人的な趣味の話になるのですが、良く知る作品、アイマスのキャラクターですと、小鳥さんや百合子みたいな、(小鳥さんがINFPかは不明です。)

これもすこし不健全なINFPの最後のパターンの場合という想像(妄想)ですが、

このひとたち最終的にどうしてそんなことしてるの?という人生遍歴をたどる可能性を感じずにはいられません・・・。(さいごはマグロ漁船になぜかのってるような・・・でも本人はなんだかんだそれを受け入れ、むしろそれを楽しんで生きてるのでは?みたいな感じで、これはこれで面白いのですが。)

 

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良くも悪くもマイルールがつよい

それで、仕事の話に戻りますが、

INFPタイプは、良くも悪くも、マイルールがつよいので、本人は自覚してなくとも「自分のやり方」にこだわるところがあるのでは、と、思います。

その反面、そのマイルールに「決まった規則性がない」ので、本人ですら困る。

(たとえばこのブログの書き方ですとかフォント、色使い、文字などかなり規則性がないと自覚しています)

とうぜん、周りの人間も扱いに困る。

それを勝手と言われるとそれまでですが、

私の場合、明日は〇〇に行こうと思っていたことも、その当日の明日になると、その日の「感覚」で行くことをやめることがあります。

一人での予定が変わることはしょっちゅうです。

なので、他の人を巻き込むのがどこか申し訳ないので、ひとりの方が気楽なのかもしれません。

そういった部分で、心理機能でみると、

「T」 →Thinking:「思考」

「J」→Judgment:「判断」

このふたつを使う、TJ型のタイプ(例:ESTJ・ENTJ・INTJ・ISTJなど)の方たちからみると、

INFP型といいますか、私の規則性のなさに困惑する場面が多いようです。

たとえば、父はINTJ、母はISTJとネットにあるMBTI診断では、そういう結果だったのですが、

T(思考)、J(判断)この二つの心理機能をもつ人たちからすると、

よく、何々はいつにするか?明日はどうするのか?など、

いつ、どこで、明日、〇〇はどうするか?とキチキチとした感じで選択を促す場面を会話の中で求められることが多いです。

それで、私の本心としては、「ちょっと、わからない」のです。

なんとなくぼんやりとそういった時は答えるのですが、

その「どうする?」を聞かれることがつみかさなると、

「そんなのわからない。その時になってみないとわからない。」というのが本心でして、

こんな部分が、INFPタイプは本人の中での大切な信念については譲らない、などと言われる理由でしょうか、マイルールが強く、悪い意味でわがままな部分になります。

たかだか、明日の予定が大切な信念かどうかって話ですが。

本人ですらわからない部分

こんな感じで、INFP型と思われる私は、本人すらわからないほど、ときに無自覚に、思考や行動に規則性がないと感じることがあります。

かつ、その時々に意思決定についてこだわりを持ったり、みせるので、

TJ型のような思考を持つタイプの方々からすると、「奇妙な人」で、管理型社会に所属する多くの人たちからは、

「どうして、決まったルールどおりに仕事をすすめないのか?」

「なぜ、そこがつまづくポイントになるのか?」

と、はたから見るとこんなことがあるのだと思います。

ですが、そんな時は、当の本人ですらわからないのです。

ただしくは、うまく言葉にすることができない。

こんな感じなので、管理型、きっちりするタイプが上に置かれている環境が多い社会では自然と風当りが強くなりがちなのかもしれません。

余談になりますが、

「見られている」と不思議なくらい、いつもできていることができなくなります。

仕事中のPC の操作ですとか、横やうしろから画面をのぞかれると途端に動きが、自分でも驚くぐらいにぎこちなくなったりします。

あとは、料理などもつくっている所をみられるとなぜかダメです。

よほどこの人からは何か言われてもよいぐらいの人でないと、色々な作業をしている時に後ろに立たれるとちょっとした殺意がわくかもしれません。

INFPと運動神経について

ふだんの生活で思考部分にエネルギーを費やすので、運動下手と思われるINFPですが、スポーツなんかは一応、内容によってはできることはあります。

スポーツ選手でINFPタイプの方は思い浮かばず、決して得意な分野とはいえなそうですが、

高校の授業のとき、走り高跳びでクラスいちばんになった体験があります。(おそらく私は体が薄い)

それで、授業でいちばん高いバーを飛んだのですが、「ベリーロールしか授業で教えていないので、背面飛びで跳んだのは授業の成績としてノーカン」と体育の先生から言われ、

これだから体育大卒、E〇TJなんちゃらの人間というのはつくづく、INFPからすると相性悪いというかなんというか、負けず嫌いというか、なんか・・・。

まあ、そんなのいいんですが、

あの人たち、授業のレクレーション的な時間にサッカーのボール回しをしたことがあったのですが、その時、冗談半分で先生をまた抜きしたら成功してしまったことがありまして、そのあと刈り取られるのではないかと思うぐらい必死に、こっちにボールがくると追いかけてきて、追いかけるというより襲いかかってきまして・・・、スポーツを真剣にやってきた人を本気にすると怖いんだなぁ…としみじみ感じた記憶もなども思い出してしまいました。

あたり前ですがスポーツ系を自負する人たちは負けず嫌いな方が多いんだと思います。

運動が得意か?と、タイプ論で考えるなら、運動系の方は、

「S」 →Sensing:「感覚・感知」の機能をもつタイプでしょうか、

私は、球技とかも好きな種目はできたりしますが、できないものはちんぷんかんぷんです。

とくに、バレーボールとか苦手だったです。

どうしてか考えてみます。

おそらく、譲りすぎてしまって何もできない。

あと、点を決めるたびに輪になってみんなでぐるぐるするルーティンがなんとなくしんどく、そんな部分の記憶で苦手だったり・・・。

できる種目も、練習ではできても試合ではできないなどなど。

これらも見られているとできないパターンだったのかもしれません。

ですので、やはり、先ほど書きました一人でやる種目が良いのかもしれませんね。

こっそり走ったり、ランニングしたりしてタイムがよくなったのを一人でながめていたりするのがよいみたいです。

いつか出会ったINFP

過去の記憶をたどりますと、おそらくINFPタイプと思われる人にであったことがあります。

むかしの話なので当時、心理学的タイプ論なども知りませんでしたし、もしあったとしてもその人にタイプ論をやってもらうのも難しそうな雰囲気でしたので、今となってはこれから書く方がINFPだったのかも疑わしいのですが、

職場で、とても無口な方がいました。

それで、私は、一応、教えたり、終わった書類を確認するような立場にあったのですが、とにかくその人はおとなしい。

私が言うのもなんですが、何を考えているのかわからない。

ふだん何が疑問なのかもよくわからない。

何に困っているかのかもはっきりとみせない。

なので、あまりできることもないので、ほっておくというか静観するしかないような雰囲気でした。

それで、いつぞや必要な書類をその方から受け取りチェックすると、これがなんと教えてないところまでちゃんとしっかり仕上げていたのです。

なんだがびっくりしました。(書き方が丁寧すぎて書面がすこし不気味だった記憶もあったり)

こう言ってはなんですが、他の有象無象のおばちゃん連中が、いつもおなじことを確認してくるのとは対称に、ひとりでじっくりマニュアルを読んで、その方の中で理解して仕事を仕上げたのだと思います。

その分、時間はかかっていましたが、こちらが見逃すようなところ、他の人だとはじめてでは理解が難しいところも教えなくともひとりでマニュアルをみて作業したようです。

その方がINFPかどうかはわからないのですが、なんだか雰囲気が独特な印象でした。

こちらが声をかけたり気にかけたりすると、あきらかに具合が悪くなる感じで、ほっといたらそんな感じで仕事をしておりました。

それでいて、対人の場面、電話受けの部分など、それまでとくに問題なかったのに、おそらくその方の中でのダメポイントがあり、電話口の顧客先からなんて言われたかはわかりませんが、ちょっとしたひと言で、固まるというか、その方の頭の中がフリーズしているようにみえることが何度かありました。

その光景を見慣れていた上司が、「〇〇さんてプレパラートみたいだよね」と表現しまして、そのいいかたは、なるほどと、ちょっと感心してしまいました。

たぶん電話などで、本人の中での言われたらダメなポイントもしくは、こだわりがあったのでしょうか、たしかに、ちょっとしたことでパリンと割れた音が電話の内容は聞こえませんが、雰囲気で、ああ割れた、パリン・・・とたしかに思うことが度々で、早々に職場からいなくなってしまいましたが、

おそらく接客の部分は致命的に苦手だったのだろうなとみていて感じました。

どちらかと言わずとも、本人の中でマイペースに進めるようなことに対してはそれにくらべると能力がありそうでした。

そんな、なんとなくあの人はINFPだったのではなかろうかという話です。

INFPタイプの悪目立ち

INFPからすると、機械のようにキッチリ、きまった法則で日々を生き渡ることはしんどく、それができる方が逆に不思議すぎる・・・。

それぞれの中にある独自のこだわりから、外からみると奇妙に映るタイプなのかもしれません。

本人はいたって真剣に生きていると思われますが、自然と「悪目立ち」してしまいがちだとは認識することは度々です。

なので、いわゆるいじめの標的になりやすいというのも、そうかもしれないと思う部分です。

いままでの仕事をしながらも、最初に書いた、仕事に対して疑問をいだくポイントもちょっとズレている。

それはINFPタイプですとか、タイプ論にかかわらず多かれ少なかれ誰にでもあることだと思いますが、

仕事をしながら、なんでこのセルの形で表を使っているのか、どうしてこのフォントなのか、なんでここで関数を使うのか、などなど、

指示された単純な事務作業をはじめると、そんなこと考えだすので、

結局、なにも考えずにやる仕事を無駄に考えるので非常に疲れる。

しかも作業が遅い・・・。

それに、「誰にでもできる簡単な仕事です」(悪意ない純粋無垢な微笑みも一緒におまけいただき・・・)など言われた内容も、結果、誰にもできるんじゃなかったのか・・・、と、本気で落ち込んだことが何度もありました。

(注)仕事をなめていないです。

おそらく、簡単にできる「その根拠は何!?」という思考が頭のどこかにあるんだと思います。

結論:やっぱり、欠陥ダメ人間じゃないか・・・ 

いやいや、そんな部分は、ふだん、それを見せないように他のタイプのフリなどをするので、いつのまに心体ともに疲労困憊しているINFPタイプの方は多いのではないでしょうか。

それに健全に良い部分で育ったINFPタイプの方もいるとは思いますし、その場合、あるていど自由に、理解のある場所でないとすこし難しいかもしれませんが・・・。

MBTIタイプ論と肉体的な部分

不思議におもったのが、MBTIタイプ論と照らし合わせて、そのタイプと肉体を考えた時に、INFPタイプっておそらくがっしり、もしくは体が強いかたは少ないのかもしれないと考えることがあります。

たくさんの人が世の中にはいるので、いるといえばいるんだと思いますが、INFPタイプは文字どおり線がほそいタイプが多いかってなイメージがあります。

実際に昔、面接のときにはっきり、「線が細そうですね」と言われたことがありました。

失礼な。

否定もしないですが。

それとは逆に、虚弱体質な「ESTJ」さんや「ESTP」さんあたり(おもにEやS 型)にでくわしたイメージがありません。これもあくまでかってな印象です。

日常的な体の不調になやむ上記のタイプの方がいたら失礼します。

心理機能と肉体機能は少なからず関連しているのかもしれませんが、なんとなくで、その根拠はありません。

私の場合、肉体的というのか、これは心理的な部分かと思いますが、幼稚園の頃から迎えのバスに乗るときはギャン泣きをしていたとのことです。

生まれた時から集団生活になじむのが苦手だったのかもしれません。

それで幼稚園生活で残っているほとんどの悪い記憶なのですが、よく失禁してしまうというところがありました・・・。

私用の替え下着が幼稚園に常備されていたくらいで・・・。

こんな話もブログなので書けます。

それも身体的というよりは、記憶では心理的な部分だった気がします。

私の中でもそれはいけないとわかっているのですが、そう意識するとダメであった記憶で・・・。

この心理は、「誰にでもできる簡単な仕事です。」がうまくできないことがあるのとなんとなく似通っているような気もします。

幼稚園を出る頃にはそれは治りましたが、なんかその頃から集団生活の違和感があったのでしょうか、

あとは、小学校の中学年ごろまで、トイレにいくときは全裸でないとダメだったですとか(家に限る)、そんな記憶ばっかりです。

最近知った小ネタですが、「雨月物語」「春雨物語」を書いた江戸時代の国学者・作家の上田秋成は、

自身のことを「天資(うまれつき)の廃人となりし也」

「教科書が教えない歴史有名人の晩年」/新人物往来社P83より引用

と嘆いたといいますが、

この「天資(うまれつき)の廃人」という例えは、最近聞いた中でもかなりピンときた歴史的偉人の言葉です。

生まれた時から出来損ないなのかもしれない。

あまりにも自身を卑下した言い方に聞こえるかもしれませんが、それだけ生まれつき持ったコンプレックスが強かったのだろうと読んだ本(「教科書が教えない歴史有名人の晩年」/新人物往来社)に書いてありました。

ただその言葉は、卑下という訳ではなく、自身の人生を俯瞰し、客観的にみた時にたどり着いた、ある意味で哲学的な達観した境地だったようです。

そういった、自身の中にだけ感じる欠如、欠陥のような感覚があったがゆえに何かを書いて残せたのかもしれません。

物書きの多くは変人なのかもしれません。

INFPは変人なのか?

そんなことで、こうした物書き的なことについて、少しかじっているとなんとなしに身内に話したことがあるのですが、

ちなみにブログを書いているとは決して言えません。

そんなの知られようものなら筆がとまってしまいますし・・・。先きほどの見られているとできなくなる心理です。

それで、私は、いわゆる「普通」な生き方がうまくできなくてごめんなさい的なニュアンスのことを伝えたのですが、

「別に謝ることでもないし、誰に迷惑かけている訳でもない」と言われましたが、

続けて、ちょっと濁してというか少し言葉がつまるように、

「でも、やっぱりすこし変わっていると思うよ」というような感じで言われました。

つまりは身内公認の変人に晴れてなったという訳です。

そんな変人なINFPはどうするか?

以前にも書きました、どう生きる!?生きづらいINFPが楽になる方法・思考のコツを考える

でも同じようなことを書きましたが、

MBTIタイプ論を知って、最近、思ってきたのは、シンプルにとにかくやることをひとつにまとめるという感覚です。

「簡単にできることからひとつずつやってみる」

昔、ある方からこんな感じでアドバイスいただいた言葉ですが、簡単なようで難しい。

人それぞれに、いま重要なことがあると思うので、これということはありませんが、

私の中での、いまいちばん大切なことだけに集中する。

大げさに言うと今生きている理由は、

「それ以上でもそれ以下でもない」

よく昔の仕事先の人も言ってました。

仕事のことでわからない部分を色々と質問をしたときに、

「それ以上でもそれ以下でもない」と、質問は違えど同じようなことを色々な方から言われたような気がします。

要は、私だけなのかもしれませんが、INFPタイプは思考量が多いといいますか、悪く言えば雑念が多いのだと思います。それが、良くいえば想像力が豊富というゆえんかも知れません。

思考が現在をスッ飛ばして先の方へ行きがちなので、余計な心配がもじゃもじゃわいてくる。

そんな豊富な雑念は、例えば、物を書いたり何か創作をする際のぶっ飛んだ思考につながったりするのかもしれませんし、それが生まれながらの思考回路であれば長所とおもって、その仕組みをうまくつかって生きていくしかないのだろうかと、 。

だいたい良いか悪いかなんて死の瞬間までわからない気がしますし、考え方もすぐに抽象的で哲学的な方向に逸れがちで、

そんな雑念と思われるものをなんとなくまとめた集合が一冊の本なのかもしれませんし、その集合体になんだかんだ辻褄が合うのがだいたいの小説のような気がします。

ランダム性のない色々な思考(雑念)がマクロ目線になるとなぜか不思議とまとまるような感覚です。

でも、どんな小説や物語の解釈も、読む人によって結果が異なるので、書かれた内容の思考も不規則のようにうつるのかもしれません。

個人的な厭世感やINFPの長所について

INFP タイプの人は厭世感がおそらく強いと思います。

それが個人的な体験談なのか傾向なのかわかりませんが、結局、どんな生き方をしても、そういった傾向になりやすいのではないかと最近思いました。

いまもって私は不幸だとはあまり思いませんが、こうでありたいという願望の部分がひょっこり顔を出すと面倒なところがあります。

過去を振り返れば、親がアルコール依存だったり、離婚したりなどそんな世界を見てしまったので、私の感じる生きることに対しての感覚は、きほん厭世感が満載です。

今が不幸ということでなく、過去が不幸であったと感じる事実なだけです。

その事実について、いまさらながらその状態で明るく生きてきたのであれば、こちらからするとその方が変人であって奇妙な人に感じるかもしれません。

こんな過去の体験があるからなのか自己肯定感、受容感は常々低いと思いますし、たとえばINFPは感受性が強いですとか、芸術家肌などと書かれていても、

素直にそう思うことができない。

なので、INFPのセルフイメージについて書くことがなんだか難しいなと思っていたところです。

自己肯定感などについては、それこそ、催眠術みたいなので幼児期に戻り、退行催眠で、「あなたは素晴らしい。存在するだけで良い」などと暗示を唱えられたら、

良好なINFPにでもなるのでしょうか?効くかはわかりませんが、いずれ自身のタイプの長所といわれる部分もすんなり受け入れることができてくると良いですね。

INFPにすんなり入ってくる人

これから書くのは、良い印象の人たちで、世の中には悪意や操作、搾取してくるような嫌な人も当然いますが、そういったのとは逆のイメージの人たちです。

私は基本、こちらから人にあまり近づくことはないのですが、(一期一会だとほとんど躊躇しないのですが)

反対にこっち側にスッと、心の中に入ってくる人はいます。

それで過去の経験を思い出すと、なぜかバンドや役者をしているような人が多かったイメージがあります。

もっとも、その人たちの経歴が変わっているので印象強かっただけなのかもしれませんが、そうしたことをしている、もしくは過去にしていた人が自然と近くにいたことが多かったです。

こちら側も、その人たちには、それほど気を使わなくて良い印象がおおく、気を使う部分もあったと思うのですが、どちらかというと、そういった人の話や経験など聞く興味の方が強くてけっこう自然と親しくなっていた感じです。

そうした人たちの多くは、人に対して偏見をもつことが少ない印象がありました。

それでもって会話の中に自然とユーモアがあるので、会話がおもしろく、仕事の話よりどうでもよい、たわいもない話になりがちでした。

孤高の寡黙な作家タイプのような人もいて、はじめはとっつきにくい所があってもふとしたことで話しはじめると仲良くなったりと、まあ、だいたい職場で知り合う仲が良くなる人は、こんなタイプの方が多く、だんだんとどうでも良いメールのやり取りを業務中にするようになることがおおく、所詮、カリカリと部署を管理しているタイプからは自然と離れるような感じでした。

あと思い出したのが、大学の体育の科目の時でしたが、ペアを組んで卓球のラリーを100回やるというノルマがあり、いつもペアを組んでくれた人は知り合いの知り合いぐらいだった印象が不思議な人がいました。

なんで私だったのかよくわからないのですが、もたもたしてペア組むのにはぐれてボッちになりそうな私を助けてくれたような気もします。授業の休憩の合間にその人と会話をしたのですが、その人は、バンドをしているみたいなことを言ってました。それでもって、会話の中でその人はいままでに一度もバイトなどしたことがなく、これからもするつもりはないみたいなことを言ってた記憶があります。もしかしたら今後も人生において働くつもりがないような感じで言っていたのが当時不思議でした。

すごく背がでかくて髪が長かったです。

なんだか浮世離れした感じの人でした。

こっちは音楽も舞台もまったくわからなかったのですが、面白い印象の人でした。

過去の経験を振り返ると、こんな感じの人たちがなんとなく近くにいたような気がします。

雰囲気が独特なので印象がつよく、あまり気を使わずに良いイメージなので、ただ、そういった記憶が強いだけなのかもしれません。

たいがいみなさん優しくて、居心地がよかったです。

その方たちがMBTIのどのタイプかはわかりませんが、いま思えば、もしかしたらISFPやおなじINFPなどだったような気がします。

成熟したヤンキーと仲がよい

そんなことを考えると、

概して、INFPタイプの人間は、成熟したヤンキーと気が合うのではないかと思ったりしました。

むかしやんちゃだったタイプです。その昔に出会うとやっかいかもしれませんが、成熟したヤンキーさんは、けっこう面倒見がよく、実際に社会に出たあとなど、子供を持っていている人もおおく優しい感じで、(子供大好き)

実際に私も心の中では会話をすると退屈感がなくノリノリであったりと、それも人によりますが、

仕事のなかで関わることがあったりしても、はじめの印象は強そうでも、いったん知り合うといちばん気楽だったりした印象が強いです。

 

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もし誰かからMBTI タイプ論をやってと言われたら?

例えば、想像したところ、もし誰かからMBTIの16パーソナリティーなどやってみて、とスマートフォンの画面を差し出されたら、どうしますか!?

おそらく、私の場合は、「なにそれ?」、と、知らないフリをしておそらく違うタイプになるようにわざと選択肢を選ぶ気がします。

仲の良い人なら別ですが、あまり知らない人からそういったことがあった場合は、なんだか内面を知られる感覚なので、違った選択肢を選ぶと思います。

こんな思考もINFPタイプが人から干渉されることを嫌うところなのかもしれません。

INFPのセルイメージ まとめ

長くなりました。まとめられるかわかりませんが、まとめます。

私への備忘録も含めて、

INFPはシンプルに生きることをこころがける。

いま生きる目的をひとつぐらいに絞る。

優先順位が低いことは、5割ぐらいにおさえる。

いちばん優先順の高いものすら、7割ぐらいの力におさえて生きる。

優先順位が高いものが片付いたら、その次に重要なものを片付けるような感覚で、

いっぺんに色んなことしないようこころがける。

そんなことを言いながら、この記事は、ほぼ、いっきで書いてしまったのですが、以上が個人的に感じたまとめポイントです。

最後にINFP型の頭の中

INFPからみたINFPのセルフイメージとかいいながら、まとめがなぜかINFPの生きる上での思考ポイントになってしまいました。

INFPの思考回路ってこんなところなのだろうかと思ったできごとです。

この前、自然の中の山道を車で走っていたのですが、そこでおサルさんの集団に出くわしました。

ほとんど他の車に出会わないような山道でした。

それで、その集団を見て、通り過ぎてから考えたのですが、

「あの集団(おサルさん)の中で生活したらどうなるんだろう?」、ふと、そんなことを思ったのです。

おサルさんたちは私を受け入れてくれるだろうか?

もし受け入れてくれたら、私も意外とその生活になじみ、そしてその集団の中で人間としての「文明」的な何かをおサルさんたちに教授するかもしれない。

そしておサルさんの生活は今より発展し、

そんな感じで、もしかしたら過去の世界に初期の人間社会になじんでみようかと考えた、もの好きな、相対的に人より高度な文明世界の何者かが存在して、

それで現在の人間世界(文明社会)ができたのかもしれない・・・。

私は、そんなことを始終ではないのですが、気が抜けているとよく考えていたりします。

ですが、いつもそのようなことを口に出すとさすがにヤバい人だと思われるのはなんとなくわかるので、

はたからみると、黙ってぼーっとしているように見えるのかもしれません。

なので、S・T・Jのような心理機能を得意とする現実社会、浮世の人からみると、その人たちは一生懸命、与えられた役割なり社会のルールを順守して生きているのに、

この人はいつも心ここにあらずだな、何考えているんだ、よくわからない。

という感じでINFPタイプに対していらいらすることがあるのかもしれません。

今までの経験上、そうなることがわかっているので、そうした部分はできる限りみせないよう、隠して社会では生きているので(わかる人にはバレバレなんでしょうが)、

それは、いまの世の中と言わず、「いつの時代」でも、生きづらいタイプとなるゆえんなのではないかと思いました。

昔の人間でも、こうしたタイプは、隠者と呼ばれるような人や、世捨て人みたくなったと思われ・・・。

INFPとエニアグラムの関係性について

こんなに長く書きましたが、じつは、INFPからみた INFPのセルフイメージは、「エニアグラム」と呼ばれる心理学を含めて書こうと思っておりました。

最後のさいごでこんなオチになってしまいました。

長い文章にここまで付き合ってくださり、ありがとうございます。

それで、エニアグラムについてなのですが、一応、簡単に書きます。

以下リンクで、エニアグラムのタイプがわかります。

参考 簡易タイプ診断 90問回答式チェック

MBTIとはまた少し違う心理学です。

かじる程度に、エニアグラムの本も読んでみたのですが、本とインターネットで少し内容が違ったりと、そもそもMBTIも独学で解釈しているような感じなので、あまり詳しく触れてよいものなのかと感じるところがありまして、

ただ、書こうと思っていたところは、

同じINFPでも、私のように、なんか生きづらいですとか、厭世的、ペシミズムな人たちばかりではないところをお伝えしたかったです。

オプティミスト(楽観主義)なINFPタイプもいる。

実際に、MBTIタイプ論をやっていただき、おなじINFPとなった方がいましたが、ここまで私が書いたような雰囲気とは少し違う印象がありました。

もう少し楽観主義というか、主義主張や、言うところははっきりしたりですとか、良い意味でぶっ飛びが突き抜けているといいますか、

私の場合、先ほどのエニアグラムを行うと、「4w5」になりましたが、

オプティミストに感じるINFPの方のイメージだと「4w3」に近いのではないかと感じました。

そもそもw→ウィングというのもエニアグラムの公式の見解なのか、本やネットで色々な書かれ方がされていたので、その細かい部分は端折りますが、

INFPタイプの中でも、色々なタイプがあり、とうぜん違いがあると思います。

いまの世の中に適合しやすいタイプの方だって当然いると思いますし、16パーソナリティー診断では、INFPのあとに、AやTと違いもあるようなので(これも正しい見解なのか不明でここも端折ります)、

MBTIタイプ論のタイプでも、それぞれのタイプのなかに複雑な個性があるはずです。

キャクター診断などでも、あのキャラとあのキャラが同じタイプなのか、よくよく考えると似ていないタイプもたくさんあると思います。

例えば、キャラクターの話になりますが、架空のキャラで、スナフキン鹿目まどかはINFPとよく書かれていますが、この二人がじゃあ同じような性格・印象かと言われるとすこしピンときません。スナフキンはもうすでに色々な経験をし、みてきた世界を達観した成長後のタイプで、まどかはまだ知らない世界がある中で、成長過程の未成熟なINFPタイプで、まだ弱い段階のイメージが試練を経て成長してくような、あえていうならそんな感じでしょうか、

なので、その心理タイプといってもその時の成長段階や経験値によってだいぶ違うと思いますし、

それこそ、INFPという同じタイプでもそこには、色々な人がいるはずと感じます。

また脱線しますが、架空のキャラクターといえば、「邪心ちゃんドロップキック」ぺこらをみると、なんだがはたからみた私のような気がしてしまいます。それでもって、ぽぽろんが、正反対の心理機能で苦手なESTJっぽく、なんだが妙な既視感が・・・(アニメ1期 6話あたりですとか、下のシーンなど)

(注)クリックで音声が出ますのでご注意ください。(アニメ『邪神ちゃんドロップキック』公式チャンネルより)

また、脱線しました。

結論としては、ここまで、こんなに長く書きましたが、結局は、心理学でタイプを当てはめるというよりは、それぞれの人、色々とオリジナルなタイプが正確にいえば存在する。と、思うのが、私のなんとなくの結論です。

そんなことを、さらっと書きたかったのですが、つらつら長くなりました。

MBTIについて思うことは、だいたい書き終わったと思います。また、何か思うことがあれば、MBTIのカテゴリーに記事を増やすことができればと思います。

実体験をまじえた上で、INFPタイプの性格、イメージ・印象というのを書いてみました。ノンフィクションでありつつ、一方で、この記事はなんとなくフィクションのようなものだと思って眺めていただけるとありがたいです。

おまけ

INFPの思考について

いまそれを解決しないといけないのか!?

INFPタイプの人であるのか、生きづらさ的なキーワードがあるどのかた向けでもよいのですが、思考をシンプルにしぼって簡単なことからやってみる。と、書きましたが、あと、もうひとつ最近感じたのが、

独自のこだわりやマイルールなどについて、そういったものを持つのはまったくもって良いことだと思いますが、ふだん日常を過ごす中で、そのようなこだわりや、マイルール、あとは、生きている中での疑問とかでしょうか、

それについて、いま答えを出さないといけないのか?と思うと少し動きやすくなったりもします。

想像の範囲が多いので、答えを出してから動こうとするので、それが結局、頭のなかで考えて実際に行動には移さないタイプと言われるようですが、

思ったことについての疑問や、いまの悩みなどについて、

それをいまでなくても、

またいずれ答えがでれば、と、そう思えれば楽かなぁと最近感じました。

極端なはなし死の瞬間にでもわかればよいのではないか?

そう、書くのは簡単ですが、理屈と感情は別で難しいところだなとも思います。

余談:ニュージーランド シスターのはなし 

最後のおまけになります。(ほんとうに最後です)

MBTIタイプ論的なこととはまったく関係ないのですが、INFPタイプってやっぱりちょっとどこか抜けているところがあるのか?と私をちょっとながめてみた時に思い出したエピソードがなんとなくこれです。いつかニュージーランドを旅した時ですが、私、どうしてもいきたい場所がわからず市内の憩いの場的なところで地図と一人、遠い異国でにらめっこをしていました。その時に、映画に出てくるようなシスターの格好をした女性がきて私の隣に座ってなんか話をしてきました。おそらく神的ななにかのお誘いだったようですが、「私、いま、まさにピンチで・・・!」とすがりつき、シスターありがとう!という感じで、探している場所の地図をシスターに差し出しまして、(宿の人がくれた手書きプリントの地図で少しわかりづらく・・・)目指している場所を聞いたのですが、助けてくれないというか・・・「ん?ど、どこでしょうね・・・??」と困惑し、なんとなくそれらしい方向を私に教えて去っていってしまいました。私、いま助けてほしい・・・。あのとき私は主の存在を疑いはじめたかもしれません。そのときに、シスターの話を聞いて、神を信じたのなら行きたいところがわかったのでしょうか!?というはなしを帰ってきて人に話したら笑われました(私がとんでもない迷惑野郎という意味で)。いや・・・、こっちだって聞いてあげたかったですよ。でも、知らない異国の土地でひとり、必死だったのです。いつかどこかの教会で懺悔する機会が訪れたのなのなら、その時のことを悔い改めれば私は助かるでしょうか?あのときのシスターはいまどうしているのだろうかとふと思ったのです。(ニュージーランドの旅の話はこちらです。

ここまで、最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました。

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