小説「対岸の彼女」ナナコに対しての気持ち

ナナコという人物

※この記事はネタバレを含みます。
角田光代さんの小説「対岸の彼女」のナナコと葵について、私はこの二人のやり取りを読み返すのが大好きです。

久しく小説を読みませんでしたが、この「対岸の彼女」という小説には人間の愛情について考えさせられるものがたくさん詰まっております。

もっと早くから知っておけば良かったと思う小説でした。

あらすじを簡単に書きますと、物語は3人の人物を中心として話が進みます。30歳を過ぎて一女をもうけた小夜子、幼い自分の子供は公園で周りの子供となじめないでいた。小夜子は働き始める。採用された小さなベンチャー企業の社長が小夜子と同年代で同じ大学を卒業した葵だった。

小夜子と葵との関係。

 

そしてもう一人、ナナコという存在。

 

・大人になった葵と小夜子のやりとりと、

・高校時代の葵とナナコのやりとり。

この二つの時間軸が交互に語られる内容になっておりました。


対岸の彼女 (文春文庫)

私はこの物語の中でナナコという登場人物が気になって仕方ありませんでした。

いや、高校時代のナナコと葵のやり取り。

この部分は何回読んでも飽きることがありません。

 

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横浜市磯子区での中学時代にいじめを経験していた葵。高校進学の機会とともに知り合いのまったくいない群馬へ転校した。引越先の群馬で今までの葵を誰も知らない高校生活がはじまる。入学式から葵に対してなぜだか興味深く接してくるナナコ。

葵が、接してくるナナコに対して最初の方に抱いた、イメージした気持ちは私も同じような感覚でした。以下の引用が当初の葵のイメージを良く表しております。

だいたいナナコはなんのことも悪くいったりしないのだ。嫌いだという表現よりは好きだという言葉を使う、できないという表現をせずしたいのだと言う、むかつくと言うときには必ず相手を笑わせる、そういう全部が、しかしいい子ちゃんぶっているようには感じられない。たぶん意識もせずにそういう言いかたをしてるんだろうから、きっと、ナナコという子は、きれいなものばかり見てきたんだと葵は思う。汚いこと、醜いこと、ひどいこと、傷つけられるようなことを、だれかが慎重に排した道をきっと歩いてきたんだろう、と。

(「対岸の彼女」P75より抜粋いたしました。)

私もナナコに対してはじめは葵と同じ気持ちでした。

きらきらと生命力に溢れて、無邪気で、好奇心旺盛で、人懐っこく、当時いじめを経験して人に対して物怖じしている葵に近づいてきた時のナナコの印象。

 

しかし物語が進むにしたがってみえてくるナナコの本当の生活。

ナナコと葵との電話でのやり取りで少し垣間見えます。

ナナコの声の背後はいつも無音だ。ナナコの家にいったことはないけれど、広くて、静まり返っていて、家の人は留守がちなんだろうと葵は思っていた。

(「対岸の彼女」P80より抜粋いたしました。)

こういう伏線のような書き方ができる文章は素晴らしいなと私は感じます。

 

ある時に葵は、はじめてナナコの家に行きます。

実際のナナコの生活は人の生活の気配がない二間の県営住宅に暮らしておりました。

ジュースの缶もビールの缶も散らかっていて、食事もお弁当で済ましているのか、お弁当の空くずが流しにそのままになっているような生活でした。

ほんとうにナナコはつらい現実を必死に隠していたのか、もしくはなお、現実に向き合って強くあろうとしたのか、葵に対してつとめて明るくしているのでした。

ほんとうに大好きな葵の前ではナナコ自身の不幸な境遇も一切口にせず、葵に対して無限の愛を与えていたのでした。

つとめて明るくしていたというのは少し違うかもしれません。

ナナコも葵が大好きで、大好きな「アオチン」に対してだから無邪気に、明るく、ほんとうに心から楽しい気持ちを葵にたいしてぶつけることがナナコもできていたのかもしれません。

ナナコがなぜ葵に対して惹かれたのか少し不思議な気持ちもします。

でもどこかナナコの心には葵に対して共通項を感じていたのだと思います。

もしくはナナコ自身にはない葵に対しての憧れ。

この二人のやりとりには太陽がナナコであって、葵が月であって、お互いが惹かれあうようなやりとりが小説のところどころに点在します。

 

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ナナコの解き放ったことば

やがてナナコに心を開いた葵が中学時代にいじめられていたことをナナコに打ち明けます。

高校生活が過ぎていく中で、またも葵のまわりにざわめきはじめるいじめの陰。

そんな時にナナコは葵に対して言います。

「だってさあたしさ、ぜんぜんこわくないんだ、そんなの。無視もスカート切りも、悪口も上履き隠しも、ほんと、ぜーんぜーんこわくないの。そんなとこにあたしの大切なものはないし」

(「対岸の彼女」P91~P92より抜粋いたしました。)

この言葉は私の心に最も響いた部分のような気がします。

この小説は他にもたくさん素晴らしいところがありますが、このナナコの言葉は私はこの小説の中で一番好きな部分かもしれません。ああ、もっと私は自分の若い時にこの言葉を知っておきたかった。そして高校生でしかないナナコはその年齢でこんな考えに至るなんて・・・。ただ、無邪気で、幼くて、不幸を知らないように映った少女の背景に隠された人生の結果、幼くしてたどり着いたひとつの生き方の答え。

きっとナナコは葵がナナコの家に行きたいと言わなかったかぎりおそらくずっと自分の境遇には触れず、葵には話さずに生きていくような気がします。

葵には自身が負ってきた不幸な部分を見せたくない、葵が大好きだからこそ本当の真実を隠していたい。

これは真実を伝えることで葵に嫌われたくないというよりは、大好きな葵に対して不幸な世界を教えたくない、近づけたくないというナナコの、彼女なりの葵に対しての愛情のような気がしてなりません。

しかし、それも限界が訪れます。

ナナコと葵で夏休みに一緒に伊豆のペンションへアルバイトをしに行った時の描写、夏休みのバイトも終わりに近づいてきた時の描写ですが

お盆を過ぎてから客足はまばらになり、この一週間、ペンションもだいぶひまだった

(対岸の彼女P137より抜粋いたしました。)

なんてことはない一行ですがこの気持ちはこの後に続くナナコの気持ちを本当に現わしていると思います。

ナナコも抑えきれない気持ちをこの後で葵に対して向けます。

でも本当の気持ち、私はこれでよかったのだと思いました。

結果、その先の話の続きはつらくて書けません・・・。

申し訳ありません。

 

ただ葵に与えたナナコの愛情、これが葵の今後の生き方、考え方に間違えなく影響をしているのです。

最初にお伝えした、葵がベンチャー企業を起こして、30歳を過ぎてから出会う小夜子とのやりとり、ここに葵の中にナナコの生き方、考え方がとても詰まっているのだと感じました。

この小説に出会って思います。

ナナコの「そんなとこにあたしの大切なものはないし」真実の愛情を持ったナナコの言葉に今の私はどれだけ励まされたでしょうか。

私の話で申し訳ないのですが、ふだんの生活の中で直面する、例えば仕事ですとか、その中での人間関係、今までこんなこと嫌だなとかそうずっと思っていたことがあったとします。

私にとっては主に人間関係になるのですが、

でもナナコの言葉を思い出せばなんのことも感じなくなります。

仕事の悩みなんてちっぽけにみえてきます。ほんとに些細なことに思えてきます。

私の高校生活は片親でしかも母親がお酒に依存し病んでしまっていました。毎日のお昼のお弁当なども持っていくことができず、でも、回りの同級生たちは家族のつくってくれたお弁当を広げてました。私は持っていくことができないのが恥ずかしく、朝起きたら自転車をコンビニまで走らせお弁当を買ってそれをお弁当箱に詰めて持っていっていました。同級生はそんな私のお弁当をみて、ほんとに悪意なく「美味しそうだな」っていってたのを覚えています。この中身は家族がつくったものでなくコンビニのお弁当なのに…。そんなこと言えない…。仮面を被っている自分が嫌でしたし心苦しかったです。

私は高校生の時にナナコに会いたかったな、ナナコみたいな考え方ができてたらなって思いました。

それでも今この小説に出会えてナナコからもらったもの、本当にいま大切にできるものだけに目をむければ良いのだって教えてくれました。

体裁や人からの視線、人が私に対して思っている気持ちを気にすること。ナナコならそんなこと気にする必要ないよって言ってくれると思います。

ナナコの言葉を思い出せば今、自分にとって何が本当に大切で優先することなのか、誰に対してエネルギーを向けて生きていけば良いのかがわかってきます。

ナナコほど小説の中で勇気をくれる言葉を伝えてくれた人物に出会った記憶はありません。

いいんだよ、大丈夫だよ、これでいいんだよと、アオチンに語りかけてくれるようにナナコは私の心にも存在します。

だからこの小説を読んで少しでも前を向いて私も歩いていける気がしました。

 

※この小説「対岸の彼女」についてはまた別の記事でお話しできればと思います。

他にもたくさんお伝えしたいことがあります。ただこれ以上は長くなってしまいますのでいったんこの辺とさせていただきます。また記事の内容も修正が入ると思います。

 

ここまで読んでいただきまして本当にありがとうございました。

 

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