反出生主義とすこしミームについて考えた「利己的な遺伝子」感想

少し哲学的な話になるかと思うのですが、

リチャード・ドーキンス著、「利己的な遺伝子」という本を読みました。

この本じたいは哲学書でもなく、書かれている内容はサイエンスであり、文章の中には哲学性も物語性もない合計500ページ以上にわたる「遺伝子」について書かれた分厚い科学書でした。

「利己的な遺伝子」を読んだ感想

「利己的な遺伝子」を読もうと思って本を買ったのは去年の9月頃でした。購入してから半年以上も経過しておりました。

感想を簡単に書きますと、

・文系脳には読むのが難しい(書き方、内容もふくめ)

私は理系脳ではないので、ただ、ただ、淡々と、翻訳された科学文章が500ページ以上続いていたので、なかなか読み切ることができずにいました。

一応、本を読んだ感想は、ブログに書く場合、どの本も「全て読んでから書く」というポリシーのようなものがあったので、この本を手にしてから、なかなかブログを書くのも進まなかったです。(他の本も読んだのですが色々と中途半端になってしまう感覚でした)

いよいよ私の頭もダメになってきてしまったのだろうかとも思いましたが、

とりあえずやっと読破しました。

読破といってもすべてを理解できてなく専門用語も多かったので斜め読みに最後の方はなってしまいましたが・・・。

「私たちは、なぜ生き延びようと必死になり、恋をし、争うのか?」

「利己的な遺伝子」が出たときは、科学的、生物学的にみると当時(1976年)発刊された時、ダーウィンの進化論ほどの衝撃的な内容だったとのことです。

おそらく私が知らないだけで、けっこう有名な本なのかもしれません。いままで学校の授業やなんかで一度もタイトルなど触れる機会がありませんでした。

しかも1976年に出された本ということで、内容は、遺伝子について書かれた「古典的」扱いになるとのことでした。

「人の肉体は遺伝子を運ぶための器・乗り物に過ぎない」という内容は、最近知った私にはけっこう衝撃的なものでしたが、その内容ももう古典的な扱いで生物学では常識的な話だったのかもしれません。

世の中、知らないことはいっぱいありますね。

あやうくこういうことも、すべてが正しいかはわかりませんが、知らずにうっかりいくところでした。

購入した本の表紙を開くと、

「私たちは、なぜ生き延びようと必死になり、恋をし、争うのか?」

という見出しに目を惹かれ、その真相を知りたくなります。

はたして、その答えは本書の中に書いてあったのでしょうか!?

合計581ページ、価格2700円、

どうしてこの世に生まれたのか!?

その答えを求めて、文系脳が「利己的な遺伝子」を一生懸命、読みました。

感想としてまとめることができたのか・・・、最後は反出生主義とかそんな感じのこともちょっとおもったりもして、それもあわせて、

わからないままとりあえず書きます。

 

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内容が難しい「利己的な遺伝子」

私は、「利己的な遺伝子」のような科学書、サイエンス本を読み、はっきり言って、書いた人が伝えたい内容の20%も理解できてないのではと感じました。

書いてあった内容に対して、疑問を持つ。反論があり納得いかなかった。という訳でなく、

「ただ単に私にとっては書いてある内容が難しい」

理系的な遺伝子の仕組みについて、ありとあらゆる表現を使って淡々とつらつらと長い文字が続くので、

物語性や本の話の展開を重視しがちな私にとっては、正直、内容は少し難しく、あまり面白くなかったです。

ただ、それでも個人的に興味をもって解釈できた部分ですと、

「人間の肉体は遺伝子を運ぶための乗り物にすぎない」ここら辺の部分しか、パチッと頭に入ってこなかったのですが、

でも、このあたりが面白く、そして生命の真実かも知れないと興味をもって読み進めた部分でした。

先ほども書きましたが、「利己的な遺伝子」はすでに古典の分類になるということで、確かに書かれている、当時の科学的表現もちょっと古い感じがしました。

現代のインターネットやスマートフォンなどない時代に書かれた物で、その辺りの例えもすこしピンときませんでした。

サイエンス本として内容を理解し、それをわかりやすく物語として組み込んだりしたら面白いかもしれません。

例えば、フィクションの小説だと、「らせん」が思い浮かびました。

最初は、リングからはじまったホラーだと思って読み進めたシリーズが最後は自己複製というのか、種の保存的な内容のSF作品で、細かい内容は忘れてしまいましたが、物語として「遺伝子」の話だと、この作品が思い浮かびました。

当時読んだ時は、夜も寝ずに、一気に読んでしまったシリーズです。

ということで、いつものように前置きが長くなりましたが、

理解の少ない文系脳が「利己的な遺伝子」を読んだ感想は、

この解釈じたいが書いた人の言いたいことではないのだと思いますが、

タイトルどおり「遺伝子は利己的」であって、その遺伝子の器として、遺伝子を運び続ける私たちも、生まれ持ちながら利己である。

という理解、についてですが、(おそらく誤読が含みます)

本書は、あまりに色々な例えが書いてあるので、かなり曖昧ですが、

しょせん、私たちの体は、昔、ひとつのタンパク質が分解され、その中にあった遺伝子が分裂を繰り返し地球上にある人間を含めた生命体の体を宿主にして、

「半永久的」な不老不死のような生存を試み、

私の肉体も、乗り継ぎを試みた遺伝子の器に過ぎないという可能性。

そして、はるか昔から続いてきた遺伝子は、未来にわたる存続をかけて、今、なお、生存と淘汰の競争を繰り返すという仕組み。

こんな理解になりました。

本の内容が難しすぎてこんな頭の私は淘汰されるしかないのかもしれません。

ということで、遺伝子は絶えず、競争を繰り返す運命と宿命、

生命体を伝ってコピー、乗りつぎをくり返し生存競争で勝ったものが残る。

乗り継ぎを繰り返すのが、人である必要があるのか?

遺伝子の仕組みが人を宿主として乗り換え生き続けているということが仮に本当であるなら、人間の器を使う必要があるのだろうか?

ということを読みながら考えてしまいました。

はからずとも、その仕組みを理解している生物はおそらく人間だけだと思う。

世の中、実は知らなくて良いことはかなりあるかもしれません。

つまり、私はこの人間の人体も遺伝子が不老不死(仮のたとえです)をする目的でこの器が存在する遺伝子プログラムにより、私たちは生まれながらに生存競争を強いられている。

人間は感情があるからやっかいですね。

他の命にどこまで同じような感情があるかはわかりません。

ここら辺から、私なりの本の感想は、科学的な感想からどんどん離れ、感情論になり少し支離滅裂となります。

 

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たとえば神さまとか

例えば、生まれながらに神がいるとすりこまれて私が育った場合に、進化論を後で知ったら理解に苦しむかもしれませんし、今私が理解している進化論とは違う解釈が頭の中にできあがるかもしれません。

ほんとうは天動説ではなく、地動説だったという時のように。

人間は性善とした生き物であると思っていたのに実は、遺伝子をいかに次に残すかに行動の全てを支配されていた・・・

などなど、まあ知らない方が良かったこともあるのではないかと少し感じた部分でもあります。

信仰というのは、そんな時の混乱をふせぐためにもあるのかもしれないと考えてしまいました。l

生をつくること 「反出生主義」云々について

この記事で何度も出てくることになりますが、

私たちの体は遺伝子を受け継ぐための器に過ぎない。

仮にこれが本当であれば、

次に生命をつくる必要があるのだろうか?

最近、耳にしたことばですが、

「反出生主義(はんしゅっしょうしゅぎ・はんしゅっせいしゅぎ)」という言葉があります。

私は、実は、人はこれでも良いのではないか?となんとなく思っていました。

なんとなくだったので、はっきりと意識したことはなかったのですが、遺伝子構造ですとか、生物の仕組みなどについて触れて知ってきたうえで感じたことになります。

生命、生物が遺伝子を受け継ぐための乗り物、器であるのであれば、ヒトである必要もなく、なんならほぼ現在、地球を支配している人間など生存しなくても地球は何も困らないどころか、むしろ環境破壊など考えればよっぽど地球のためなのではないのか?

複雑な人間社会における競争や争いもなくなり、遺伝子の乗り物など、仕組みを知らない他の動植物に全てを任してしまえば良いのではないかとも感じました。

遺伝子に支配された感情の恐怖

もし仮に私たち人間が遺伝子の乗り物として存在し続けることを拒んだ場合の「恐怖」を、この「利己的な遺伝子」を読んで想像したのですが、(注:これはあくまで個人の妄想です)

例えば、次の生命を残さずに死を選ぶですとか、そもそも、「人は子供を残すのがあたりまえである。」

などの、一般的な通説に、頭の中で反対する思考を浮かべると、何故か恐怖を感じる。

遺伝子を次の器に残さずに、それもあえて、

「意思」を持って「そう」行動したのであれば・・・

「あの世」にいった時に罰を受けて、もう一度、この世のやり直しを告げられるのではないかと想像したりしてしまいます。

これが人間の感情のやっかいなところであり、遺伝子がそう考えさせるのであれば、どこまでも生命は遺伝子の不老不死という意思に支配されているのか、と、怖くなるのです。

これは、個人の妄想なので、

絶えず競争と淘汰を繰り返す現世が困難なものと感じる私にとっては、人はいずれ遺伝子の遺伝子の欲求に対してそもそも遺伝子に感情なんてないと気付いて、苦しみの多い現世にその痛みを次の世代に残すことなく、人間としての種がなくなっても良いのではないかとも少し感じたのです。

いずれ、遠くない未来に人間の意志が仮想空間上で残ったりですね、脳科学が進んで、私は意識も肉体もどれだけ科学が進んでも永遠に残るのはイヤなのですが・・・。

仮にそんなことができたのだとしたら、私個人の希望としては、宇宙の謎が解明されたときに存在していたいな、と、思いました。ですので、その謎が解明するまではいったんパソコンのように脳や感情をスリープしておき、その時がきたら脳を起動するようなことができたら面白いな、と。

そして、宇宙の謎を知って満足したらそのまま私の脳も不要になったパソコンのようにすべてアンインストールして消滅する。

こんなことができたらなどとSF的な妄想をしてしまったのです。

「利己的な遺伝子」感想 まとめ

「利己的な遺伝子」を読んで、「誤読」も含めた感想を思ったままに書きましたが、

遺伝子を不老不死にするため肉体を持ち生まれたのであれば、遺伝子を運ぶのは、それはヒトの体でなくても良いのではないかと思った感想でした。

とかく人間は感情があるからこの世に生きるのは少々やっかい。

何も感じず考えず、「生存」や「淘汰」などという概念も知らずに、遺伝子を次の世代につなげるだけなら良かったのかもしれませんが、

人の感情は、そんなに簡単でもない。

時に生きるのも苦しく、いま生きている環境以外にも、病苦や感じた苦しみを、現時点で生きる苦しみを感情としてなくすことができないのであれば、

遺伝子の仕組みにさからって、何万年も続いてきたことを次の世代へやみくもに残す行為をやめても良いのではないかとも考えたのです。

それは、いま生きている人を全て消滅ですとか、いま、生きているヒト全てが子供を残すなということではなく、

生とは何か?次の世代へつなげるとは何か?

ということを何も考えずに繰り返すのではなく、この仕組み(遺伝子を運ぶ人体の謎)をもう少し深く考えた人がそれぞれ、熟慮し納得したうえで残すことがあれば良いのかなと思いました。(現時点で子供を持たれている方も当然、色々と考えたうえで子供を残されている方もたくさんいると思いますが)

私としても、遺伝情報に刻まれたプログラムについて、何も考えずに従うのであれば、

次の世代を残すことが正しいと感じることもりますが、

やはり、じゃあ、どうやって苦しみを与えないかと考えると、

いまの世の中、資本主義では、ある程度、お金があれば苦しみを避けることもできるのかもしれません。
ただ、いまの段階では、先に待つ老いをどうすることもできない。

先ほど書いた、不老不死のようなSFの技術ができればまた別の考えができるのかもしれませんが、

生きる上で問題が続く、苦しみもあるのはある程度わかりきっていることですし、そもそも人の生がそうであるのでならば、いずれ、ゆるやかな消滅で人がいなくなれば、とも思うのです。

ミームとは?

とことんペシミズム(悲観主義)な内容となりましたが、

「利己的な遺伝子」の中には、

「ミーム」という言葉もありました。

人はたんに個体を生み出すのでなく、知識として次の世代へ残すことができるものがある。というような記述があります。

新登場のスープは、人間の文化というスープである。新登場の自己複製子にも名前が必要だ。文化伝達の単位、あるいは「模倣」の単位という概念を伝える名詞である。


「利己的な遺伝子(40周年記念版 P330 )」第11章 ミーム より引用

情報を次の世代へ残すことができる人間は、個体を残すのとは別に、それもひとつの種の保存のようなものというようなことが書いてあります。

それなら石碑に刻んでミームとしてなにかを残してみましょうか!?

あとがき

結局、「利己的な遺伝子」については、うまくまとめられませんでした。半年以上前に読んで、ゆっくり考えたのですが、このような内容の答えは、死ぬまでわからないことかもしれません。それだけ、難しい内容でしたが、私の中である程度納得した結論がでる頃には、もう何もできないかもしれないと思い、現時点での暫定的な意識をこのブログへ残してみました。

反出生主義などすこし重たい話になりましたが、そういった部分はいったんおいておいて、またゆるく、感じたことをこのブログで更新していければと思います。

 

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追記(おまけ):利己的な遺伝子と反出生主義とメモ書き乱文

以下、おそらく記事にまとめようとしたスマホのメモ書きをできる限りそのまま転載してみました。

(まとめるのが難しく、もうこれでこのままのせた方が面白いかもしれないと感じたので、そのまま残します。私でもいま読み直して意味不明なところがあるのですが、おまけとして残してみます。時間が経ったら修正する可能性がありますがとりあえずいまのところはほぼそのままです。)

以下、乱筆・乱文になります。

→誤読の典型なのかもしれない

理系の内容に文系脳がへたに手をつっこみ、ランダムで規則性のないこと脳ミソが導く典型的な解釈だったのかもしれません。

これを物語としてしりたい

真っ先にでてきたのが、だ

「利己的な遺伝子」の内容を理解できなすぎて、そもそもこの頭であれば自然淘汰されても仕方ないのかもしれないともふと感じました。

翻訳された理系的な苦手な文章の典型例でした。

なぜ生まれるのか?そんな仕組みを、教育されてきた価値観や倫理を越えて一度考えてみて、次の世代を残すことについて考えるのと考えないのでは全く違うだろうとも思います。

難しいというか少しデリケートな内容ですので、全てを理解できてなくても

いちこじんの意見ですが、

人の体が、ただの乗り物、仮の宿りなら、それにあらがってもよいのではないか!?

競争、繰り返すループ、コピーし続ける。

それをやめたら本当の平穏がまってるのでは!?

ひとつ怖いのが神の意図に反した結果などとという、恐ろしい想像力が人間には備わっているからやっかいなのかなと読後に感じました。

結局、遺伝子を残す残さないにかかわらず考えを放棄した結果なのでしょうか?

私が知りたいのは、死ぬまでに、まだわかってない何かをひとつでも知りたいぐらい。

もしくは、天動説のようなパラダイムシフトを経験したい。

あとは、宇宙から地球をみてみたいのですがお金がない。

ぐらいでしょうか?

これの、ひとつ経験できれば私の個体などいつでも滅んでよいとすら思うのですが、これもずいぶん利己的な考えなのでしょうか?

論理的考えができない、ポンコツ脳のいち戯言感想文とおもって読んでいただけたらと思います。

小説のように全て理解するのは私には不可能かと私には感じましたが、時間を経てなるほどと府に落ちる可能性もあります。

この、著者に怒られるかもしれないが反出生主義について感じたことでした。

ご飯たべるな眠るなよと言われて反抗できないかもしれない(私で書いたメモ書きの意味が不明・・・)
あとは、ついでに感じたのが、別の心理学ですが、アドラー心理学でふと感じた部分で、

「課題の分離」はできてる人が読めばとんちんかんというか当たり前のこと、

できてない人が読むことで効果あるが、一歩間違えば、例えば、親と子は、親子だが別ものという課題の分離の解釈も、ひとつ間違えば育児放棄になる場合もあるか、と、
何事もどういう人が読んでどうするのかが大切なのであって本に書かれていることに本当の真理はない。

何事もその、時代にあった生き方をスラッと無意識で生きているのがいちばんよいのだろう。

ミームも本当にあるのか?本当に人間だけ、伝承の役目を果たすおばあちゃんが必要なのか?

そのうち意識だけ残してというか概念だけのせいになるかもね。

果たしてそうできたときに、そこまで生きてて良かったとなるか?もういいので私をシャットダウンしてくださいとなりそうですが、宇宙の重大な秘密わかるまで寝かしておいてとか私ならなりそうかも。

人間も虫も地球偵察機だったがその、ミッションをこなすために事故増殖が必要となり生存競争、グループ淘汰が効率良い手段となったが本来の役割を忘れ、ただ迎えがくるまでインプットされた遺伝子を運ぶ役割と課した。ドーキンスがダーウィンの進化論ぐらい有名だとは知らなかった。なぜ日本では普及しなかったのか?私のまわりだけ?要考察

それで、妄想大爆発。ある日、その役割をうえつけたものが現れる。それを人は神と読んだりとSFチックな妄想を新進気鋭の女流SF作家、七尾百合子さんが語っていました。

子どもがいる。なんだがオリンピック開催と似ている。

良かれと思ったことが負債になる→パラダイムシフト こういうことは当事者案外冷静に受け止め、そう信じてた人の方が、いままでの価値観を否定するのでしんどい。
子ども持ってる側も、オリンピックやる派も。

人遺伝子、おばあちゃん論、特定遺伝子を修復させると体がガン化になるので、不老不死はできないようにプログラムされてるのでは?など。ひとは少子化になっているがこれも遺伝子情報に従った結果であって、本来、席を譲る側がいつまでも居座るので矛盾している。人も同じように生殖ができなければ終わりというが自然でひとだけ特殊なのは疑問だ 不自然だから、さらに長生きさせようとしてもその遺伝子を壊してしまうのでは?

何でわたしが淘汰されずにいまにいるのかは、宇宙の謎のように深いのかもしれない。

共感覚が淘汰されない謎のように。

私にも共感覚あたりね、だってそれは誰もいわないからしまわれて大人になってわかるって、けっこうあったりもする。

死ぬときにその理由がもしわかると想像するなら、その時がくるのもあまり怖くなかったり、誰も知らない真実を私の感覚で理解できるのだから

言いたいこと!!

自分も生まれたから同じように生むべきだを 本当に正しいか?考えた上でするしないかだと思う 。

●夏物語的な話もあるがあれも面白かったですが、いい感じで良い話、小説はもっと切り込んでタブーを書いていってほしい物とも感じたりもしました。良い話で終わるのはいくらでもあって少しものたりない。ゾワっとする感じの方がよい(たとえば進撃の巨人ぐらいな)。この記事もあまり一般的なことを書いてもつまらないのでなどとも感じました。

 

以上になります。

最後の方は、メモ書きをまとめられませんでしたが、ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。

参照→遺伝子的なことで感じた記事

人が子供を持つ意味を考える 小説「八日目の蝉」 感想 ネタバレあり

Next Life アイマス初星宴舞と歌詞の感想 聴く度に考える螺旋の構造

 

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