父と母 全く違う二人の人間について抱いた気持ち

届かないものほど輝いてみえる

父親は私の理想の父親でした。

しかし家におりませんでした。

幼稚園の頃に離れ離れになったからです。

両親の離婚でした。

父親はいわば私にとっては理想の人間でした。これ以上ない理想のひとでした。

子供の頃に抱いた憧れの人間像でした。

優しい、仕事もできる、経済力もある。

たまに会うことができる父親は私にとっては本当に輝いておりました。

これはトリックなのですが子供には理解できない仕組みでした。

たまに会うので良いところしか見えなかったのです。

 

 

スポンサーリンク

 

子供としてはではなぜそこで離れ離れになる理由が両親の二人にあるのか理解できませんでした。

父親としてもたまに会う子供に対して良いところを見せたい。当然の心理です。普段会えないから自然とその分愛情をもって接してくれます。母親と一緒では買ってくれない欲しい物も、プレゼントしてくれます。

これが私のこころに負のスパイラルをつくる大きな要因となった気がします。

普段の生活からみることができない、大きすぎる理想が本当の世界なのだと思う錯覚です。

これは大きくなってから気づきましたがお互いに不幸です。

真実がみえてない、気づけない、抱く理想が大きすぎるほど現実に気づいた時の心の副作用は大きなものになります。

現実とのギャップに苦しむこころ

このような体験をしていくと、つらい現実も、苦しい環境も認めることができなくなります。

たとえば普段の地味な生活、思い通りにならない人間関係、輪をかけて片親だけなので、生活の余裕も日常にはありませんでした。

父親との出会いが理想郷のようになってしまいました。

いつもあの輝いている時間を忘れることができない。

苦しい時を受け入れることができない。そんな時間だけがどんどん長くなっていきました。

もしかしたら、理想像がなければ、はじめからこういうものだと割り切って育っていけたのではないかなと思うこともあります。

 

 

スポンサーリンク

何もできない母親

母親は母親で苦しかったと思います。

普段接している子供がなんとなくそういう現実とのギャップを受け入れられてない。子供が違和感をもっていることを解消できないでいることを。

子供の前で父親のことを悪くいうことはできない心理もあったかと思います。

ではなんでそういう違和感があるのかを子供に説明できないから苦しみますし、実際に私も理解できなかったから苦しみました。

ここで、子と母親に心のたとえられない溝が生まれてしまいました。

母親も心を病んでお酒に走ってしまいました。

今ではそのつらさは、ほんとうのところどこまで理解できているかは難しいですが私なりにわかる気がします。

ただ、子供であった私には母親の気持ちの負担を解消するだけの心の力はありませんでした。

もっと明るく元気で、体力もある子供に生まれていたら違ったのかもしれませんがそれを言ったところでしかたありません。

闇をかかえてしまいました。

しかも誰にも相談できないという闇です。

片親でその母親が心を病んでしまっている現実をまず受け止めることができませんでした。

大人になった今でもそういうデリケートな話はまず人に話せません。

学校の先生なんて話せません。

友達にも話せません。

むしろ良い子でいようとする自分が心の苦しい部分を必死に隠す自分になってしまいました。

真面目に思われよう、良い子でいよう、必死に隠せばかくすほど心は窮屈になっていきました。

これもいま考えれば不幸な話です。

大人になった今ではこのことについてだいぶ心の抵抗ができましたが、今でも良い人間であろうとする癖というのは治りません。

とらわれていた心を解き放つことで解決してくれた。

大人になってもなかなかこの苦しみを解消することはできませんでした。

就活もうまくいきませんでしたし、ちょうど就職難の時代でした。うまくいかないことも生まれた環境のせいにする自分がいました。

ただ、もしこういうことで悩んでいる方がいたらお伝えしたいのですがいずれ時間が解決します。

時間が経ったからそのトラウマのようなものが完全になくなるかは難しいところがありますが、本人の考え方が変わっていくことで、周りで病んでいる人も良くなっていきます。

これは実際40手前になるあたりでようやくわかってきたところもあります。

簡単に書きますと、あまりそのことにこだわらないようになってきます。

趣味ですとか、恋愛ですとか、はたまた仕事ですとか、そういうことに時間をつくることで抱えていた問題ともいったん距離をおくことが私はできました。

子と親の間に、だんだん距離ができてくるというか、良い方の心のスペースができてきます。

スペースができればいずれ親も治ってくるタイミングを掴んでくれます。

最終的には私の力ではありませんでしたが、姉の力も含めて、母親本人の力で治そうという気持ちが生まれてきたのだと思います。

私も父親に対するイメージと母親に対するイメージのギャップに子供の頃から苦しみ、結果母親を心理的に追いこんでしまっていたと思います。

今となっての私なりの考えですが、原因は環境のせいと勝手に苦しんでいた私自身にあったかもしれません。

ながい時間をかけて私もやっと最近少しづつわかってきましたし、母親の心も回復してきました。

いつか母親の心の回復についてまた書ければと思います。

ここまで読んで頂きましてありがとうございました。

 

スポンサーリンク

 

5mail

  5mail

  5mail

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください