日々やっていることを守るのが結構しんどい時もある
日々行っていることを守ることについて。たとえば今日はちゃんと走れていたかなとか、寝る前にストレッチできたかなとか。
忘れるともしくはできなかった翌日に少し気持ちの部分でひっかかることがあります。
あと最近では食事の部分ですね。
すこし神経質になりすぎです。
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根拠があれば良いのですが、ふとこの行為、なんでやっているのかって考えだすと精神衛生上良くない時もあります。
例えば定期的に走る行為、個人的には体の体調を整えよう、体力をつけよう、免疫を整えようと思っていまはやっております。
実際に整ってきた感覚はあります。
でもそれでも体調が重い時があります。目に見えて湿疹が表れてしまった場合など。
こういう時は負のスパイラルに落ちるバターンです。(あくまで個人的な感覚です)
体調を良くしようとやってきたのに体が反応してくれない。心も折れてしまいそうになります。
いったん立ち止まってみる
がむしゃらに走るのもいいのですが、たまには休憩も必要です。ほんとに体調のことに向き合った時にすべてバランスなのではないかと感じる時があります。
交感神経と副交感神経。
陰と陽。
太陽と月。
昼と夜。
こんなの意識したことなかったのですが、今、生きている普段の生活もバランスのような気がします。双方で成り立つ物は自然の世界でも沢山あります。
良い時もあれば悪い時もある。
こういうもの全てリズムの気がします。
周期のようなものでしょうか。
悪いと感じる時も、良い時のイメージがあるのでわかることもできる。
なんかあたり前の事をいってしまっておりますが、
良い時も逆に悪い時の感じがなければ知ることすらできません。
苦しみ続けた結果、たどり着いた優しさですとか本当に必要なものがやっとわかってくるような気がします。
体の不調も毎日の悩みも出口を探すためにもがきます。日々行っているルーティンを守ることでなんとか今を維持しているのではと思うこともあります。
でもそれでも思い通りにならないことは結構あります。
いや思い通りにならないことをあらかじめ想定しておいた方が楽なんじゃないかと思うくらい、うまくいかないことの方が山ほどあった気がします。
そういう時はいったん立ち止まってみるしかないかもしれないです。
あがいてあがいてあがき続けた結果の今があるのであれば悪い、陰の部分も、月の部分も、夜の部分も受け止めみようと。
正確にいうと受け止めようとする勇気を少し持つことかもしれません。受け止められないから苦しむのですね。はじめから受け止める勇気があれば本人にとってみたら苦でもなんでもないのかもしれません。
必死にプラスになるために私の中で頑張ってきた結果でも個人的に残酷なケースの場合。
少し、それにとらわれることをやめてみて、立ち止まった景色を眺めてみるのも良いかもしれません。
そこからなにか今まで見たことのない感情、景色、出会ったことのないものにはじめてめぐりあえるかもしれません。
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