ちょっと辛くても動いてみる
精神的につらい時、苦しい時は体も自然と重たくなります。
いくら体を動かすことがストレス解消とわかっていてもやはり体が動かない時もあります。
いつもはできてたことができない。
心がくじけそうになる手前の時です。
今日はそんな感覚でした。
動きたくもない、何も考えたくもない、そのまま眠りについてしまいたい。
ほんとにつらい時はそれで良いと思います。
歯を磨かずにそのまま寝てしまいたい時だって誰にでもあるかと思います。
まさに、今日はそんな感じでした。
でも、走ってみました。
ルーティンを壊すことが怖い・・・
いつものルーティンを壊してしまうと、また明日もそんな感じの繰り返しになってしまうような気がなんとなくしたからです。
このまま惰性で、ずるずると体を動かすことすらやめてしまうのではないかと。
色々考えてしまします。
でも、そういう時こそ、とりあえず走ってみる価値があるのかもと感じました。
体を動かし始めるとだんだん、今日は走ろうか、走らないでいようかなどの迷いもあまり無意味になってきます。
もう走ってしまったのだから。
体の呼吸がはやくなり、途中でストレッチを加えて汗がポタポタ落ちてくると、落ちる汗と一緒に悶々としていた気持ちも流れてきます。
走りながら遠ざかるわたしの背後に、いやな気持ちや負の気持ちを置いていくイメージで走ります。
もしくは今いやだと思っている現実から逃げるような感覚で。
体の体温を上げて、汗をぽたぽた流せばやはり気分転換になります。
体からの悪い物質がでるのか、心のストレスとなったものが形となって流れていくのか、とにかく体が軽く気持ちもスッキリします。
走り終わる頃にはああ、良かった走って・・・と思います。
結果走ってよかったと最終的にはなります
「悩んでいたけど、ただ、走って楽になった」と感じました。
どうして動かして楽になるのかは、正直、色んなネットのサイトで調べても個人的にこれだとはっきりわかる理由は見つかりません。
ただ、ここ数年走ってみて、感覚としてわかったのはやはり汗をかくことだと感じました。
以前にも書きましたが、ただ、惰性で、なんとなく走っていた時、あまり汗をかきませんでした。
ストレッチや運動後の入浴などもあまり考えずとりあえず走っとけばと、
長く習慣として走るのであれば、惰性でも走ることは、体を動かすことに体が慣れてくるので意味はあるかもしれません。
ただ、もうワンステップ、せっかく走るのですから、良く、意識して走るとしたらやはり汗をちゃんとかくことは大切だと感じます。
リラックスする汗、これは涙も同じ役割のようですが、副交感神経が優位になることです。
ヨガや瞑想などに通じる感覚だと思われます。
吐く息は副交感神経を優位にすると聞いたことがあります。
走ることに加えて、息を吐きながら体をストレッチすると良い汗をかき始めます。
これが気持ちいいのです。
ストレスでがちがちになった心と体、それに耐えるために生まれた交感神経、活発な神経を鎮めることがポイントなのだと感じました。
好きな曲を聴きながら、ぽたぽたと汗をかいて、体をあたためれば、ご飯も美味しくなります。
根本的な悩みなどが解決できるかはわかりません。
でもその時に凝り固まった体にも心にもあまり良いとは思えないものが少し軽くなります。
いつか、涙でボロボロになって映画を観終った時の気分にも近いです。
涙も副交感神経が優位になってリラックスしますから。
つらい感情や心をとりあえず、いったん、頭や体から解き放つ方法にランニングはやはりお勧めです。
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