「嫌われても良いんだよ」会社を辞めたいと人間関係に疲れたあなたへ

会社で気弱でいつもビクビクしていて、良い子のあなたへ

職場の人とはできるだけ仲良くすべきだ。

協力してやって行く。

人に尊敬される。

模範になるように。

そう今までの人生で教えられてきて、「今」生活していて、でも何故かそれが「つらい」「苦しい」と思う方へどうしても伝えたいこと。

どこかで心がビクビクして、つらいと思っているあなたへ。

どうしてもお伝えしたいこと。

会社でお金をもらって生きるということ

会社でつながっている関係というは所詮、

「お金でつながっている関係」というのをわかってもらいたい。

それはどうやっても覆せない事実であり、本当は誰も教えてくれない真実である。

なんでそんな大切なこと教えてくれないんだろうね。

多分、そうやって世界はまわっているからだと思う。

会社で(組織)でまじめに正しく生きること、それって道徳なのか子供の頃から教えられて刷り込まれて育ってきた。

学校なんて、会社の人間関係は、まわりと「お金でつながっている関係」だって、そんな大切なこと教えてくれないよね。

みんな協力しあってやっていこうとか。

でもお金でつながっている。

どんな場所も人が集まって、絡むからには力のバランスだったり、政治のようなバランスが働いているんだよね。

 

でもそういう大切なことはオブラートに包んで教えてくれない。

 

だからそれに気づかないで、一所懸命、まじめに生きようってする人がまいっちゃって、自殺する人がでちゃうんじゃないかって思うよ。

 

実際に要領の良い人や、強い人がいけしゃあしゃあと、

あまりはっきり言えなくて、まじめで、模範になろうとしている人たちから、お金以外にも、労力や時間を搾り取って生きてると感じる。

 

そんな現実だからって、今すぐ会社を辞めるべきとか、そういうことではなく、

少し考えを変えてみて欲しい。

あなたの今の頑張りは努力は正しい頑張りかって。

ふだん見える景色を少し違った角度から見て欲しい。

もっと世の中、今生きているだけの価値観しかないというのを振り払ってみて欲しい。

みんなと仲良くすること→それお金でつながってないか?
仕事ができる奴だと思われたい→結局お金でつながってないか?

 

もしそうだったら人から良く思われたりするのをやめたら!?

もういっそお金でつながっているのを認めて生きてしまおう。
ちょっとドライになってしまおう。

「あなはお金でつながっている周りの人と本当の人間関係を築けると思いますか!?」

ふだんの会社、または組織の生活のなかで、

愛想ふって、認められようと頑張って、期待に答えようと努力して、必死にもがいて、苦しんで、心をすり減らして、良い仲間をつくって、良い人間関係をつくって頑張る。

 

そしてしたくないのに、良い子を演じて、まわりの反応が気になって、ビクビクして、

 

そうやって生きてる方へ、

でも結局は「お金(お給料)でつながっている」

いっそ、そう考えてしまえば、

少しでも、今生きている心の足枷(あしかせ)が外れるんじゃないかって、

 

「今の状況」はそんなに変わらないかもしれないけど、

 

無理した人間関係を良い意味であきらめてしまえば、

あなたの心のキャパは少し広がるんじゃないかって、

あなたの余計な心のメモリーを使わなくてもよくなるよ。

 

もっと違う世界があって、

それは、

あまりにも多くのあなたの時間を奪う、仕事の時間で失いがちなことだけど、

別の世界、

別の価値観を持って生きている人、

例えば、お稽古ごとでも、本でも、音楽でも、映画でも、アニメでも、ランニングでも、好きなことなんでも、

そういったものにエネルギーを向けてみようよ。

大切なあなたの心のキャパを仕事だけに使うのはもったいないよ。

エネルギーを向けること、私はなにかなって、
日々、心がすり減っていく仕事の中でも、

このブログ書き、ちょっとたいへんだけど、

心を救ってくれる。

整理できる。

ふだんの日常とは違う、非日常であって、

いつもの生活とは違う本当の気持ちを話せるものであって、

別に、自分の心の中で全て整理ができて、解決できるなら、わざわざ時間をかけてブログで文字を積み重ねる必要もないし、

今の心のあしかせを外して好きなことをして生きれば良いと思う。

どうしても伝えたかったこと

仕事がある日常に、たくさんの心のエネルギーを向けて頑張って、でもなぜかつらいと思っている方へ伝えたい。

もっと世界は色々な、
あなたには知らない価値観っていうのがあって、
大切だと思えるものがあるはず。

お給料を身代金替わりにあなたの心を差し出してつながれた環境の中に、
本当の人間関係や生き方や、学ぶ何かだの、
綺麗ごとをもってエネルギーを注がなくていい。

 

色々な職場を見てきた。

小さな会社でも、良く耳にする名前の会社でも働いたことがあった。

でも、どこでも、実際に

人生を変えるような、感動するような、「ああ、こんな人に出会えて良かったな」っていうような人にめぐり会えたことはなかったんだよね。

この人を見本にしたいとかって、10年以上もかけて色々な人を見てきて、出会った人は数えきれないほどいるけど、

やっぱりいないんだよね。

職場以外の顔で出会った人たちの、知らない側面っていうのはいっぱいあったのだろうけどさ。

なんでだろうって思った。

ああ、みんなお金でつながっている場所で一緒にいたからなんだって

やっと気づいた。

自分の仕事が片付けば良い、それはあなたも相手も一緒。
痛い思いをしている人をへいきで見過ごせる残酷さを持つことだってある。

仕事を頼むのも頼まれるのも、
お金が必要だからやらなきゃいけないことで、嫌だけどやらなきゃいけないことで、
嘘で笑顔を作っている、もしくは向けている笑顔の裏で心は相手には言葉にできない感情を抱いてしまう。

そりゃ壊れてしまうよ。

 

お給料を身代金にしない人間関係なら、

そんなに心をすり減らすことなんてないでしょ。

 

やっぱり人間関係なんだよね。

 

どっちが正しい、正しくないとかじゃなくて、そういう構造なんだよね。

その構造、「枠」の中での生き方がそういうものなんだよね。

だからそのことで悩むのはやめた。いや人間だからまた悩むさ。

 

でも、仕事で理想の人間になれなくて、人間関係とかで困っている人に伝えたいのは、

「所詮、お金で制限された枠の中での生き方」に自分に対しても、あまり理想やエネルギーを使わなくても良いんだよって伝えたい。

 

いっそ割り切ってしまおうよ。

ちょっとは楽になるよ。

 

そんな構造だからって、変に割り切って、人を困らせたり迷惑をかけることはしてはいけないし、この記事で伝えている考えを誰かに強制することだとは思わないけど、

自分の心の中だけに持っておけば、違った景色が見えるよ。

 

それに、こういうことは、大切な誰かに、こっそり教えてあげよう。

 

心のこうあるべきってあしかせを外してみようよ。

今でも怖いし、いつだって悩むけど、

あなたの好きな景色を好きな世界をひっそりとこっそりと生きてみようよ。

それが私にとってはブログかもしれないし、誰かにとっては絵であったり音楽であったり、スポーツであったり、他の表現かもしれない。

別に何かを表現する必要もない。

ただ、あなたの心にある、あしかせを外すことで少しはキャパが広くなって、楽になることができればそれだけで良い。

 

「嫌われたっていいんだよ。」
そんなこと言っている私だって、今でも、それはどこかで怖いと思うよ。

だけどそう意識するだけでもだいぶ変わってくる気がする。

仕事での困りごとってほんとうに重要なことか

  • 自分がいかに難しい仕事をしているかと、見せつけるようにわざと難しく回りくどく、時には恐怖をうえつけて仕事の説明をする人もいる。
  • 自分が職場から必要とされるために、やっている仕事の内容を開示せずにそれで自分の存在を保つ人がいる。
  • たいして凄い知識でもないのに、少しわからない事を聞くと、そんなことも知らないのかって、態度で接して自分を上に見せようとする人がいる。

これらをやっている人も悪意をもってやっているとかじゃなくて、そうしないと生きていけないからやっちゃっている部分もあるかもしれないんだよね。

そういう構造なんだよね。

だからやっぱり、そういう構造に、そこにパワーをあてて生きるのはやっぱりもったいないと思うんだよね。

だって、そんなに大切なことじゃないから。

だからそんなところに居場所を求めて生きなくていいだよね。

 

実際にあったよ、私も、すごい難しく理詰めでああだこうだと教えられて、その仕事の内容に恐怖心を持ってしまったんだけど、時間をおいて他の角度で見てみたり、別の人からなんとく聞いたヒントで自分なりに理解したら、すっごく単純なことだったんだよね。

わかるまでに時間がかかったけど。

 

たぶん教えたその人の頭が仕事に対しての恐怖心でいっぱいだったからこっちにそれが伝わったのかな。

 

仕事上の人間関係なんて、
もっと言うと嫌われてもいいんだよね。

私の好きな小説「対岸の彼女」に登場するナナコの言葉から気づいたこと。

「それもあるけど……今みんながあたしについて言っていることは、あたしの問題じゃなくてあの人たちの抱えている問題。あたしの持つべき荷物じゃない。人の抱えている問題を肩代わりしていっしょに悩んでやれるほど、あたし寛大じゃないよ」

(「対岸の彼女」P172~P173より抜粋いたしました。)

※この小説については別の記事で記載あり。

ナナコが言ってくれたように、他人があなたに、抱いている嫌な気持ちとかって、あなたの問題じゃなくてほんとうにその人の問題なんだよね。

仕事で出会って、先輩とかになる人って、自分よりも先人だから尊敬してつきあわなきゃってまじめな人ほど思ってしまいがちだけど、

仕事で出会う人間関係なんてほんとにたいしたことなんじゃないんだよ。

仕事を離れても、失っても、また別の環境になったとしても、この気持ちがわかれば、別にどんなところでも良いかなって思えたよ。

クビにするならしてもいいよって。

だって尊敬できないし、信頼してないんだから、そんな人になにされたって別になんとも思わないしむしろせいせいするだろうな。

でもいざとなったら向こうもそうやって人を切るのって怖いんだろうな。

心の中でいつも思うよ。
「私のことが嫌いですか!?私もあなたのことが嫌いです。ああすごく気が合いますね!!」って嫌いな相手に笑いながら言えたらどれだけせいせいするだろうって思うよ。

足かせを外して、嫌われて、何言われても大丈夫って思えれば、どこでも良いんじゃないのって。

むしろ変なやつがいたとしたら、そいつから教えられる「面白い体験」くらいに思えればこうやってブログに書くネタにもなるよ。

今の環境が嫌でだめでも、またどこ行っても同じだと思うし、いっそそうやって世間で仕事するのってそんなもんだと思ったら楽になれたよ。

いつか言ってくれた人がいたんだよね。
どうしても仕事が見つからなくて、お金欲しくて、働きたくて、探して探して、面接して、

その時面接した人がさ、

「〇〇さんのために仕事がなくて困っているからって私の仕事を譲ることはできない。私も生活があるから」って

あの時はひどいこというなって思ったけど、10年以上経った今はやっとその意味がわかったよ。

その言葉は真実だったし、本当のことだったんだってね。むしろそう言ってくれた人に感謝だよ。本当のことを教えてくれたんだからね。

 

スポンサーリンク

 

5mail

  5mail

  5mail

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください